【MPメルマガ 第17回】<コミュニケーション編>コミュニケーションの方程式 パート2 ~日本人のコミュニケーション~(2015年6月17日配信分)

こんにちはMPCの外山です。

梅雨です、嫌です、鬱陶しいです。でも、気合入れていきましょう!

前々回から始まった<コミュニケーション編>ですが、「新シリーズ開始です!」とか言っておきながら、次の週は月レポ配信でお休みするという暴挙に出ました(笑)

「話進めろよ!」とお叱りを受けそうですが、結構月レポ作るのに時間かかるんで、2つ同時は難しいんですよ…。ゴメンナサイ…さて、前置きはこれくらいにして、まずは前回のおさらいをしておきます。

コミュニケーションというのは「コンテンツ」と「コンテクスト」の2つの要素で構成されていますよ。で、この2つの関係を式にすると

コミュニケーション=コンテンツ×コンテクスト

です。というお話しをしました。そして、この2つのどちらか(もしくは両方)に問題があるとコミュニケーションがおかしくなりますよ。という話までしました。

ただ、前回の説明だと「コンテンツ」と「コンテクスト」の意味が今一分かり辛いと思いますので、まず補足と言葉の意味の再定義をしておきます。

で、今回はその後、我々が普段取っているコミュニケーションの特徴と課題についてお話ししていきます。

【「コンテンツ」と「コンテクスト」の意味】

前回の説明では、

コンテンツ
「話や指示の内容そのもの(伝えたいこと)」としました。
これだと意味が分かり辛いので、定義として「言葉や文字として具体的に現れるメッセージ」という意味を追加します。

コンテクスト
こちらは、「話をするに至った背景、経緯、理由」としました。これも「言葉や文字として具体的に現れないメッセージ」とします。

【欧米型のコミュニケーションと日本型のコミュニケーション】

言葉の意味の説明はしましたが、それだけだとまだイメージが出来ないかもしれないので、欧米型のコミュニケーションと日本型のコミュニケーションの違いを例に説明します。

●欧米型のコミュニケーション

欧米型のコミュニケーションでは、とにかく細かいことでも言葉や文章で

説明したりします。契約書がいい例で、日本では数枚で済むことを

何枚も紙に書いてきます。

口頭で話をしていても、ヤツらは細かいことでも「それはどういうことだ?なぜだ?どういう意味だ?」と言ったようなことを聞いてきます。日本人の感覚からすると、メンドクサイ連中です(笑)でも、彼らは別に悪気があってこんなことをしているのではなくて、これが彼らのコミュニケーションのスタイルなのです。

では、なぜこんなことをするかというと、彼らがコンテンツ重視のコミュニケーション文化で育っているからです。

どういうことかというと、欧米では国や民族、宗教や習慣などの違いにより人々の考え方や価値観が多種多様なので、「言葉に表さないメッセージ」は伝わりません。要は、「コンテクストが共有されていない(伝わっていない)」状況です。これを『ローコンテクスト文化』と言います。

ローコンテクスト文化では、コンテクストに頼ったコミュニケーションが取れないので、その分、コンテンツを細かく説明(コンテンツ重視)していかないといけません。コンテンツ>コンテクストという関係ですね。

●日本型のコミュニケーション

一方、日本型のコミュニケーションでは、あまり細かいことを言ったり、文章化したりはしません。日本人は「言わなくても分かるだろ?」とか「場の空気を読んで…」と言った形のコミュニケーションを取り、必要以上に細かい説明をすると嫌がられます。

これは、日本人がほぼ同じ価値観や考え方をしているという前提に立っているためです。言い換えれば、「コンテクストが共有されている(伝わっている」状況です。これを『ハイコンテクスト文化』と言います。

だから、日本人はコンテクスト重視です。コンテンツ<コンテクストという関係ですね。

何となくイメージして頂けましたか?

【ローコンテクスト文化vsハイコンテクスト文化】

さて、上記で説明したコミュニケーション文化ですが、これ、同一文化内でのコミュニケーションであれば問題はありません。ところが、ローコンテクスト文化とハイコンテクスト文化間でのコミュニケーションとなると、問題が発生してくることがあります。

一昔前の英語の教科書にあったような「外国人が家に遊びに来た時に、土足で家に上がって…」と言ったような話です。これは、日本人からすれば「靴脱ぐのが当然だろ、そんなこと言わなくても分かるだろ」と思っていますが、外国人は「そういう習慣なら事前に言ってくれよ、言わなきゃ分からねーだろうが」ということになります。少し余談ですが、私が思うに、日本人はコンテクストが共有されていることが当然だと思っているところがどこかあるので(コンテクストが違うことを認識していない)歴史的にも時々問題を起こしています。

例えば、鎌倉時代の元寇のときに(モンゴルが攻めてきたやつです)、日本の武士が戦闘の前に元軍の前に単騎で登場して、「やあやあ、我こそは…」と言って名乗りを上げたら、いきなり元側から”てつはう”(爆弾みたいなものです)を投げつけられて大混乱になった。といった有名なエピソードがありますが、これも日本側が「戦とは、武将同士が互いに名乗りあってから始めるものである」というコンテクストを元側も共有していると勝手に思い込んでいたから発生した出来事です。

だけどこれ、元側からすれば「あいつ何やってんだ?」ということになり、別に無礼でも卑怯でも何でもないわけです。

結構こういうことは、日本人はちょくちょくやらかしてます。

 【日本人のコミュニケーションの特性と問題点】

さて、日本人のコミュニケーションの特性と問題点何となく分かって頂けましたか?

日本人のコミュニケーションの特性としては「コンテクスト重視のコミュニケーションを取ること」です。日本人の『和』とか『思いやり』とかは、この特性がバックボーンになっているので、これ自体は問題は無いです。

ただ、問題なのはコンテクスト重視のコミュニケーションが当たり前になっているので、「自分のコンテクストを相手も共有しているという前提でコミュニケーションを取ろうとする」「コンテクストが違う可能性を認識していない」

という点です。

恐らく、数十年前ならこのことは大して問題になってこなかったかもしれません(少なくとも日本人同士のコミュニティーの間では)。ところが、ここ最近そしてこれからはこの点が結構大きな問題になってきます。

じゃあ、具体的に何が起こっているのか?対応としてどうすればいいのかを
次回以降お話しします。

では・・・

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