こんにちはMPCの外山です。

そろそろ年賀状の準備をしなければならないと思いながら、結局何もしていません…。
年賀状そのものの準備はいいんですけど、宛名のリスト作りが大変なんですよね~。

なんとかクリスマスまでには…。

さて、今回で「時代劇で経済を勉強しよう!」の5回目です。
「まだやるの?いつもの2人はいつ登場するの?」って思っている方へ…

年明けまでずっとこんな感じです!!

新シリーズの開始は年明けからです!今決めました!!
年末になるとテレビとかも特番ばかりでしょ?通常の番組やらないでしょ??
それと同じです!

ということで、今回もいきます。

【「越後屋…。お主も悪よの~」】

「越後屋…。お主も悪よの~」
「へへへ…。お代官様こそ…」

商人が役人に賄賂を渡している場面です。この後「桃太郎侍」なり「暴れん坊将軍」なり「黄門様」なりが
登場!で、チャンバラが始まって悪い奴をバッサバッサ!!悪い奴は正義の味方の背中から切りかかれば
いいのに、武士道を守って後ろで待機!!時代劇の典型的な場面です。

さて、この”賄賂”というものですが、いつから始まったか(有名になったか?)ご存知でしょうか?
一説によると今回の主役の「田沼意次」が政治を行った時期からだと言われています。

田沼意次というと「賄賂」「金権政治」という印象があり、あまり評価は高くありません。
しかし、そんなことはありません!むしろかなり優秀な人で、もっと評価をされていいはずです。

今回はそんな田沼意次の評価を高めるべく、色々と彼の経済政策について書いていくわけですが、
その前に彼の人物像について説明していきます。

【田沼意次ってどんな人?】

時は江戸時代後期(1700年代後半)。将軍が8代吉宗から次の世代の家重・家治に変わっていったころのことです…。

(三河屋の丁稚三郎):「番頭様、すこし教えていただきたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
(三河屋の番頭):「何だい?三郎」
三郎:「あの、今老中をやられている田沼様という方がどのようなお方なのか教えていただきたいのですが…」
番頭:「何だってそんなことを聞くんだい?」
三郎:「いえ、先日御用聞きに磯野様のところにうかがったときに、若奥様から聞かれたものですから…」
番頭:「あの時々野良猫を追っかけている若奥様からかい?分かった教えてやろう。
    まず、田沼様というお方だが、あの方は元々吉宗様の家臣だった方だ」
三郎:「へー、そうなんですか。そういえば、話によると、かなりいい男だそうで」
番頭:「そうらしいが、お前それ誰から聞いたんだい?」
三郎:「はい。角にある花沢屋の娘が言っておりました」

今回取り上げる「田沼意次」ですが、この人元々は8代将軍吉宗が紀州藩にいたときからの側近らしいです。
見た目はかなりのイケメンだったらしく、大奥でモテモテだったという話も聞いたことがあります。
そして、何よりこの人かなりの切れ者だったそうです。家柄が重視される時代に
”松平”とか”水野”とか”井伊”とかいう苗字じゃないのに老中(今で言うと大臣クラスです)っていう要職につける
ということは、相当切れ者で実力者だったってことです。
(実は田沼意次が実際にどんな人だったかってことはあまり分かってないらしいんですよね…
その理由は次回書きます)

【田沼意次の”重商”政策】

三郎:「それで、田沼様っていうのは何をしたんですか?」
番頭:「まずは、江戸と大阪で使えるお金を同じにしたな」
三郎:「それは知っています。江戸は”金”がお金として使われていたんですけど、大阪は”銀”が中心だった
    んですよね?」
番頭:「お!よく知ってるな。あとは米以外の作物を作ることも奨励されているな」
三郎:「なぜ?米以外を??」
番頭:「米以外の例えば菜種や綿などは、高く売れるだろ?米以外の作物を扱えば
    それだけ、儲けも増えるわけだ。同じ理由で、朝鮮人参などの変わったものも作ろうとされている」
三郎:「ウチのお店も米以外のもののほうが儲かりますからね。他には?」
番頭:「他には、下総の国(今の千葉県北部)に印旛沼というところがあるんだが、そこで干拓を
    しようとされておる。田畑を増やすことが目的らしいが現地では人足として駆り出された者たちが
    潤っているらしいぞ」
三郎:「印旛沼の話はよくわかりませんが、その他のことは私たち商人にとってはありがたいですね」
番頭:「そうだな。私ら商人に専売権なども与えて儲かるようにしてくださるからな。
    その分、その代わりとして冥加金というお金を御上に納めなければならないが…
    ただ、田沼様が老中になられてから私らの景気がよくなっているのは確かだな」

はい。とりあえず、田沼意次がやったことを列挙してみました。細かいことはこれから説明しますが、
大枠として頭に入れておいて頂きたいことは
「田沼意次は江戸時代で唯一”商業を重視する”=”重商主義政策”を実行した政治家だった」ってことです。

これめちゃくちゃ重要なことですからね!この後この重商主義政策を実行した国が次々と世界をリードしていきます。
代表的な国が「イギリス(大英帝国)」です。イギリスは重商主義を採ったあとから、重商主義政策を基礎として
目まぐるしく繁栄し、「ヨーロッパの島国」から「7つの海を支配する国」にまで発展。産業革命を起こします。

そして、イギリスが重商主義政策を行っているのと同じころに田沼意次は同じことをしていました。
そして、彼の政策は現代でも十分に通用するレベルのことです(というか本質的には現代も同じことをしています)。
現代に置き換えてこれから説明します。

【政策1 江戸と大阪のお金を同じに ~通貨制度の統一~】

以前、「江戸時代の政治の中心は江戸、経済の中心は大阪」という話をしましたよね。
あのときは、さらっと流していましたが、実はこの2つの地域には大きな問題がありました。
「江戸はお金として”金貨”を使って、大阪では”銀貨”を使っていました」

「それが何か?」って思うかも知れませんが、これ大問題ですよ!現代に置き換えると…
「東京では”円”を使って、大阪では”ドル”を使っています」って言っているのと同じことですからね。
同じ国なのに2つの通貨が存在していたら経済上色々と不備が生じます。

分かりやすいのは為替レートの変動です、今でも為替レートは経済に大きな影響を与えますよね?
これと同じことが日本国内で起こっていました。

この問題を田沼意次は統一通貨を作ることで解決しました(金貨に統一した形です)。
現代で言えば、”フラン””マルク””ペソ””その他諸々”を統一して”ユーロ”を作ったことと同じです。

そして、このときにもう一つの経済政策が行われました。

【政策2 新通貨誕生に伴う改鋳 ~量的緩和で通貨供給量を増やす~】

新通貨を作る際に、田沼はこんなことを決めました。
「金貨に統一するって決めたけど、それだけだと大阪の人も困るだろうし、金貨の量も足らないから
銀貨でも幕府が保証するものは”金貨と同じ価値がある”として使っていいよ」

では、これ何をしているでしょうか?今回の企画の2回目をよく読んだら分かるかもしれません。

そうです。銀貨に幕府の保証をつけることで”信用貨幣”にしています。
紙切れに日本政府の保証をつけることで「1万円の価値がある」と言っているのと同じことです。

さて、信用貨幣の仕組みがあると何が出来るか?(この当りはまだ説明していなかったかも…)

「お金がじゃんじゃん作れます」

そうですよね?刷った紙切れを「これは1万円です」って政府が保証したら1万円になるんですから。
夢のような仕組みです。

そして、世の中に出回っているお金の量を増やすことをなんと言うか?「量的緩和」です。
田沼意次は銀貨を金貨として流通させることでこの量的緩和を行いました。
「経営に役立つ?経済学 その2」でも書きましたが、量的緩和を行うと市場に出回るお金の量が
増えるので、景気の刺激策になります。(前はこのメカニズムを血行に例えて説明しました)

これ、今もやってますよね?黒田さんが日銀総裁になったときに「異次元の金融緩和」って言っていたあれです。

同じことを、田沼意次は300年近く前に既にやっていました。

(意図的にやったのかどうかはわかりませんが、実は吉宗の時代の勘定奉行だった大岡忠相(時代劇の大岡越前です)
なんかは、吉宗に改鋳の効果を説明して改鋳させているし、江戸時代前半にいた新井白石って人なんかも、
物価と貨幣の関係について理解していたようなので、田沼も意図的にやったんじゃないかな~って私は思ってます)

気が付いたら文章のボリュームがすごいことになっているので、続きは次回やります。

ということで、次回も田沼意次の話です。

では・・・。

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