こんにちはMPCの外山です。

さて、今回は時代劇で有名なあの人が登場します!

あと、前回までの分を読んでいたら若干真面目すぎる感がありますので、
今回からは少々ふざけていこうかと思います。(お遊び企画なので…)

【「暴れん坊将軍」徳川吉宗】

「♪ぱ~ぱぱ~、ぱぱ~ぱぱ~、ぱーぱーぱぱーぱぱ~♪暴れん坊将軍!!」

有名なテーマ曲聞こえてきましたか?そして松平健さんが馬で颯爽と駆けている姿出てきましたか??
今回の主人公は暴れん坊将軍こと第8代将軍徳川吉宗です。

徳川歴代の将軍の中でもかなりの有名人のこの人ですが、何をやった人でしょうか?
「街に出て悪いやつを倒していた」っていうのは不正解ですよ。

この人は江戸時代の中期に色々な経済政策をやったことで有名です。(享保の改革ってやつです)
ですので、今回はこの人のやったことを題材にして経済の話をしていきたいと思います。

【緊縮財政で質素倹約】

享保元年(1716年)江戸…

八さん:「おうおう!銀さん聞いたかい!なんでも将軍様が変わるらしいじゃねぇか!!」
銀さん:「おう!聞いた!!何でも今度の将軍様は紀州の殿様だった人らしいじゃねえか」
八さん:「どうもそうらしいな。どうやら、聞くところによると火の車だった紀州の台所事情を変えたお人らしいじゃねぇか」
銀さん:「へー、そりゃすげーや。今は御上の台所もやばいらしいからな。さてさて、何をしてくれるのか見ものだね~」

はい。突然”江戸っ子”が登場して混乱しているかもしれませんが、ふざけるってこういうことです。

吉宗が登場したのは江戸時代の中期。このころ幕府は財政難に苦しんでいました。
なんでそんなことになったのかというと、吉宗登場前の江戸時代前期にお金を使いまくったからです。

江戸時代前期というのはバブリーな時代で、特に第5代将軍綱吉(生類憐みの令の人です)の時代は
バブルの絶頂でした。(この時代に出来た文化を元禄文化と言います)

「もう平和になったし、ガンガンいこうぜ!」ってことでガンガンお金を使いまくります。
そんなことで浪費をしているうちにお金が底をついて気が付けば財政難になりました。

そして、その財政立て直しのために紀州から呼ばれたのが、第8代将軍吉宗です。
そんな彼がやった政策で有名なものが…

銀さん:「おい、八さん。今度の将軍様だけどケチだな。「食事は一日二食にしろ!」だの「大奥の女中に暇を出す」だの
     いってるらしいぜ。お武家様も色々金の使い方に口を出されて大変らしいぜ」
八さん:「おいおい。銀さんそんな人ごとみたいなこと言ってちゃいけねぇぜ!今度は”倹約”ってことで
     芝居や祭りもご法度になるって噂だぜ!」
銀さん:「なんだって!てやんでい!!こちとら江戸っ子だ。そんなしみったれた生活が出来るかってんだ!!」

吉宗の政策と言えば”倹約”が有名です。今の経済の言葉で言えば「緊縮財政政策」です。
「お金が無いんだから金使うんじゃない!」ってことで、経費の削減をひたすらに推し進めます。
大奥の女中50人に暇を出したという話は美談として話されることもありますが、私からすればリストラです。
そして、幕府内だけではなく、庶民にも倹約をするように言い出します。

幕府が倹約をするということを現代に置き換えると「公共支出が減る」ってことです。
しかも、江戸時代の消費の主な担い手は武士階級でした。ということは、武士が倹約を強いられれば、
消費が低迷します。さらに、庶民の娯楽にも規制を設けてしまったらさらに消費が低迷です。

前回の「経営に役立つ?経済学」でも言いましたが、公共投資も消費も減ったらどうなるか?
そうです。不景気になります。実際にこの時代は不景気になってしまいました。

倹約=美徳と考えられがちですが、経済的にはそれが必ずしもよいと言えない例です。

【米増産で収入アップ?】

銀さん:「八さん。最近景気はどうだい?」
八さん:「どうもこうもねぇよ!こう景気が悪くちゃどうしようもねぇや!!それに最近は
     物の値段が上がってるじゃねえか。米だけは安くなってるらしいがな。なんでこんなことに
     なるんだ。物事あべこべじゃねぇか」
銀さん:「”米価安の諸色高”ってやつだな。まだ、俺たち町民はいいよ。実入りが米のお武家様たちは
     もっと大変らしいぜ」
八さん:「お武家様が金使ってくれねぇんじゃ景気がよくなりゃしねぇじゃねえか」

徳川吉宗は別名”米将軍”と呼ばれています。なぜそんな名前がついているのかというと、彼が
幕府の収入の根幹である米を増産させる政策に力を入れたからです。
”倹約”が支出の政策なら”米増産”は収入側の政策です。ただ、この政策をやったがために色々と問題が…。

経済学の最も基本的な考えとして「需要と供給」の理論があります。「ものの価格は需要と供給の関係で
決まる」というのが経済学の最も基本的な考え方です。

需要>供給の関係になれば価格は上がりますが、需要<供給になれば価格は下がります。

ということは、米を増産したらどうなるか?当然米の値段は下がりますよね。(米価安)

吉宗からしてみたら「米増産すれば入ってくる年貢も増えるだろ。そうしたら財政立て直し出来るじゃん」って
考えだったのでしょうが、そんなことしたら需要<供給になって米価が下がってしまいます。
前回お話したように、江戸時代の武士はお米を売って現金を確保しているので、米価の下落は大問題です。
増産すればするほど自分で自分の首を絞める結果に…。

しかも、米を増産したらお百姓さんは米以外の作物を作れなくなってしまいます。
そうすると、米以外の作物は需要>供給になるので、米以外のものは値段が上がります(諸色高)

収入を上げて支出を減らすつもりが、逆の結果に…。吉宗が経済学の基本を理解していれば
こんな結果にはならなかったもしれないですね。

【でも財政再建しないといけないどうしよう…】

ある農村での出来事…。

太郎:「おい!五作聞いたべか?庄屋様が大変なこと言い出したべ」
五作:「何だべ?」
太郎:「今年から年貢が5割取られるって話しだぁ」
五作:「何!年貢は4割じゃねぇのか?何でそんなことになったんだぁ?」
太郎:「難しいことは分かんねぇが、とにかく御上がそう決めたらしい」
五作:「勘弁してくれねぇかな~」

倹約を奨励して景気を悪化させ、米を増産することで物価を混乱させた吉宗さん。
さあ、困りました。財政健全化が彼の使命です。このままではいけません。どうしましょう?

困った彼はついに力技に出ます。増税です!

景気がいいときに増税するのはいいですが(財政の健全化はやらないといけないですからね)
経済が混乱しているのにそんなことをされたらたまったもんじゃありません。

不満が溜まった庶民は各地で一揆を起こしたそうです。

有名な徳川吉宗ですが、実は経済政策については色々と問題があったようです。ある意味「暴れん坊将軍」です。
(これは吉宗1人の責任というよりそもそも幕府自体が経済オンチだったのがいけないんですけどね…
どうして幕府が経済オンチなのかはこの企画の最後に話します)

でも、こんな吉宗の時代に日本で一つ好景気に沸く街がありました。
それが、尾張名古屋。「金の鯱も見栄っ張りな性格もここから生まれたんじゃないか?」ぐらいの
繁栄が当時の名古屋で起こっていました。

それを起こしたのは尾張藩主「徳川宗春」
吉宗のライバルとされた男です。

ということで、次回は徳川宗春の経済政策について書いていきます。

では・・・

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